PLAIN SANE

PLAIN SANE

PLAIN SANE

1988年、スノーボードの文化と産業は急速に成長しました。
当時、スノーボードに没頭した若者のなかには新しいブランドを立ち上げる者も多く、大企業からインディペンデントなガレージカンパニーまで多様なブランドが存在していました。
ロサンゼルスのスノーボーダーでブランド設立者のマイク・マセダもその一人でした。
仲間とシェアしたガレージで、PLAINSANE (プレインセイン)は誕生しました。
「Plain sane makes insane snowboard accessories and clothing」という設立初期のカタログにもある様に、インセイン(最高にかっこいい) なスノーアクセサリーのブランドがスタートしたのです。
「私が会社を設立したのは、当時スノーボードの歴史はまだ浅く改善の余地がたくさんあったからです。
もっと状況を良くするためにアクセサリーを作る必要があったのです。
他とは違うスタイルでできると考えていました。」とマイクは当時を振り返っています。

スノーボードは、サーフィンの影響を強く受けていた時代から、90年代にはスケートボードの影響を色濃く受けていきました。
一方でスポーツとしての認知も徐々に進行していき、スノーボードは産業的にも文化的にも多様化への道を歩んでいきます。
そんな中、ロサンゼルスのストリートカルチャーで育ったマイクと、仲間 (メジャーシーンというよりオルタナティブなライダー) が作るPLAINSANEのアイテムは、当時雪山で主流になりつつあったバギーパンツにネルシャツ、サングラスといったストリートスタイルの若者からすぐに受け入れられました。

4つのツノが生えた様な “ジェスターハット” をはじめとした様々なフリース素材のビーニーや、ファイヤーパターンデザイン、ゴールドチェーンウォレットなど、カウンターカルチャーの匂いとユーモアに溢れた様々な製品は、ニュースクールムーブメントの最中にいたスノーボーダーから重要なファッションピースとしても大人気になりました。

時代を彩るほどに成長を遂げたPLAINSANEですが、1990年代後半、加熱しすぎたマーケットの突然の沈静化と共にブランド休眠を迎えることになりました。

惜しまれながら突然去った伝説のブランドが、2024年秋に待望の復活を遂げたのです。

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